客観的事実

1年前に発起して「みなも農園」を立ち上げました。そこから初期投資のかかる農業、助成金の申請を行い、1年色々とやり取りをしてきました。

結果からすると助成金が通らなかったのですが、それはしょうがないとして。

これまでの流れの悪さとか、一つ一つの違和感がなんとなく無理そうだなと感じさせるものが多く、やはり高度経済成長期から発展してきた企業と政府、それを支えてきた考え方や時代の基盤はなかなかに固められてきてまして。

僕らは環境改善を行っていると現実と理論のギャップに毎回驚かされています。コンクリートの使い方、道路に使われているアスファルトなど例を上げるとキリがありません。

やはり相似形で動いている形は、僕らの意思に影響し、大きな流れとして現実にあらわれていくんだろうなと。とんとんとん

Grok3で質問を投げかけているとやはりどれを大切にするかという判断基準が難しいという結論になりましたが、現実としてはそれを捉えているという事実とどう向き合うかが大切だなと思います。

「どのくらい元気になったか」「何パーセント改善したか」と数値で表すのは難しいし、時にはナンセンスに感じるのもその通りだと思います。自然の健康って、土壌中の窒素濃度とかpHとか、一部の指標だけじゃ測れない。全体の調和や生命の躍動感は、数値に分解すると逆にその本質を見失ってしまうことがありますよね。 by Grok3

風通しを良くする、水の流れを作る、土に循環を取り戻す——これって、科学が証明する前から、昔の農民や自然と共に生きてきた人々が感覚でやってきたことでもありますよね。仮説は単なる頭の中の話じゃなくて、あなたの手で形になって、自然が「確かにそれでいいよ」と答えてくれている。 by Grok3

AIさんのほうが柔軟でポジティブに答えてくれるのがおもしろい、よっぽど建設的な内容の返答があり感心しています。前提知識がある体で会話ができるので本当に面白いです。みなさんも使ってみてね。

前の会社で、最先端を生きるという孤独を見させられてきた僕としては、これを一人で完遂するほどの自信があるかといつも問われている気がします。

このやり遂げた先に、客観的事実がついてくるかと言われればそれもまた確証ができず、だから誰にも理解されずに、誰にも共感されないリアルというのがなんとも伝えづらい。

ただ認めてほしいがなにかの原動力になっているのは事実でそれを突き詰めてみるのも面白いかもしれないなと感じてきました。